渡し船


 仕事で取引先を訪問することは日常的なことだ。徒歩で行けるところは多くなく、大抵は何か交通手段のお世話になる。地下鉄、電車、飛行機、路面電車や高速船を利用したこともある。しかし、渡し舟に乗ったことはなかった。

 初めての取引先を訪問した。こんな時、以前なら地図と時刻表と格闘し、大まかなあたりをつけて、あとは現地で探すのが普通だったが、便利な世の中になったものだ。インターネットで住所と時間とを入力すれば電車の時間も駅からの道のりも全部ガイドしてくれる。

 愛用しているNAVITIMEというサービスの情報に従い、お昼前に事務所を出発。電車を乗り継ぎ南海電車汐見橋線津守駅で下車した。駅からの道のりはNAVITIMEの地図を出力して持ってきたので安心だ。徒歩15分、天気も良いし気分は悪くない。

 地図によると大きな川を渡るので橋があるものとばかり思っていたのだが、目の前に広がった川に橋は無く『落合下渡船場』の看板があった。「おいおい、マジかよ…」大阪市建設局(交通局ではない)による渡し舟は15分に1本、運賃は無料だ。橋の代わりとしての無料サービスなので、NAVITAIME上では乗り物扱いされていなかったのだろう。正直驚いた。

 5分ほど待つと向こう岸から小さな船がやってきた。「みどり丸」と書いてある。降りてきたのは自転車を押した高校生たちと主婦が5−6人だろうか。地元の足として活躍しているようだ。船員さんは運転手と助手と思われる二人。背中にOSAKA CITY STAFFと書いてある。下船する高校生たちが口々に「ありがとうございました」と挨拶しているのを見て気分が良くなった。入れ替わりに乗り込んだのは自分一人。程なく出発、向こう岸までおよそ1分。束の間ではあったが、予想外の船旅を楽しんだ。高校生たちにならい「ありがとう」と言わせてもらった。

 帰り道、別の駅まで車で送るというありがたい申し出を断り、もう一度渡し舟に乗った。帰路の乗客8人のうち、自分以外は対岸についても下船せず、折り返し戻って行った。旅行者のグループらしく、旅のコースに渡し舟を組み込んだのだろう。地元の足として、細々と運行しているだけかと思ったら観光スポットになっている。大したものだ。