すべってころんで


 火曜日の晩、雨が降り出した。夜の会議とその後の打ち合わせとを終えて、終電に跳び乗る。午前0時過ぎに最寄り駅までたどり着くと、雨は雪に変わっていた。水気の多いシャーベット状の雪だった。翌水曜日の早朝、暗い中をいつものように家を出ると、雪はすでに止んでいたが、道はあちこちで凍結している。慎重に慎重に足を進めた。駅近くのコンビニに立ち寄り、新聞を購入。通りを渡ろうと右を見て左を見て・・・・・足元への注意を怠った。不用意に踏み出した右足をとられ、体が宙に浮く。とっさに踏み出した左足は変な形で着地、支えきれずに体はそのまま左方向へ倒れ、左肩から着地。「・・・・っつぅぅ・・・・」周囲に人気はなく、一人で何とか立ち上がり駅へ。丁度やってきたいつもの電車に小走りで駆け乗った。

 車中で左足の痛みが尋常でないことに気がついた。立ち上がるときには動いた左腕はまったく動かせなくなっている「こりゃ変だぞ」。乗り換え駅で下車してタクシーに転がりこみ、救急対応の総合病院の名前を告げる。足を引きずりながらやって来た自分に「お客さん、ひょっとして転倒されました?」「・・・・ハイ・・・」「災難でしたねぇ。結構降りましたからねぇ・・・」気のいいドライバーさんの話は全く耳に入ってこない。救急の受付を済ませ、診てくれたのは内科の先生。レントゲンを撮ると左足首が骨折。左肩は脱臼しているという。整形外科の先生は今から駆けつけて来るので、8時には到着するとのこと。この時点で7時少し前。1時間待つのかと思うと気が遠くなる。うすら寒い待合室、車椅子に座って一人待つ。左手首が車椅子の金属製の手すりに触れて物凄く冷たい。ほんの数センチ手を動かせば良いのだが、それができない。しばらくすると窓から朝日が差し込み、頬に暖かかった。心を真っ白にして待つ1時間、「お待たせしてすみません、大変でしたね!」先生が到着したのは丁度8時頃。急いで駆けつけ、着替えをする前にまず一声かけてくれた。ありがたやぁと拝みたくなった。

 外れた左腕を戻す際に麻酔を使ったのだが、不思議な体験をした。点滴から薬を投入され「お名前を呼びますから、返事をして下さい」と言われる。「HATA_Kさん」「はい」「HATA_Kさん」「はい」「HATA_Kさん」「はい」「HATA_Kさん」「はい」(ナカナカ効かないなぁ・・)「HATA_Kさん、終わりましたよ」「?????」知らぬまに事は済んでおり、その間3分ほど自分は意識を無くしていたそうだ。ナカナカ効かないなぁと思ったのがそれより前なのか後なのかも分らない。気を失ったことさえも気付かせないとは、麻酔恐るべしだ。

 骨折した左足首をギプスで固定し終了。勤めは休みをもらうことにし、タクシーで自宅へ。玄関先、何気なく左足に体重をかけたら激痛が走った。3段ある階段を上がるのに難儀しながら、何とか転がり込む。数時間前、よく一人で電車とタクシーを乗り継いで病院まで行けたものだと感心する。左腕は三角巾で吊られ、バンドで体に固定されているため、松葉杖が使用できない。従って、移動はもっぱら元気な右足一本に頼らざるを得ない。普段住み慣れたわが家だが、こうなるとまるで障害物競走のコースのようだ。トイレに行くのでさえ、普段の10倍の時間と気合と決心とが必要だ。実は骨折したのはこれが初めての体験。ギプスがとれるまで4週間程度かかるそうだが、さてさてどうなる事やら(笑)。