『80日間世界一周』


 『月世界旅行』、『海底二万マイル』、『十五少年漂流記』、などを残したSFの父ことジュール・ヴェルヌによる1872年の小説を、1956年に映画化した作品。監督はマイケル・アンダーソン、主役のフォッグをデヴィッド・ニーヴン、召使のパスパルトゥーをカンティンフラス、ヒロインのアウダ姫をシャーリー・マクレーンが演じている。

 主人公のフォッグは几帳面な性格。時間にうるさく、細かなことにこだわりを持つ独身貴族。そんなフォッグが80日間での世界一周に兆戦することになる。発端はロンドンの紳士クラブの仲間とのおしゃべり。それが可能だというフォッグに対し、他のメンバーは不可能だという。そこで80日間で世界一周ができるかどうか、全財産をつぎ込んでの賭けに出たのだ。新しく雇った召使パスパルトゥーと二人でその日のうちにロンドンを出発してしまう。地中海からスエズ運河を渡りアジアを横断する。香港、横浜、そしてアメリカへ。線路が不通になったり、汽船に乗り遅れたり、怪しげな宗教団体やインディアンとの戦いもある・・・・。

 自宅居間でのDVD鑑賞だが、50年以上昔の作とは思えない綺麗なカラー映像に驚いた。今回観たスペシャル・エディション2枚組は182分と見応えもタップリ。さて、上記の通り一行はいくつかのアクシデントに出会うのだが、そのどれもが意外とあっさり解決してしまう。少し物足りなく感じるくらいだが、これはきっと「アドベンチャー」というより「旅情」の映画に仕上げてあるからだろう。現代人と違い、50年前の観客は世界の風景をカラーの大映像で観られるだけで大きな感動を得られたにちがいない。難しい話は抜きにして、まだ見ぬ異国の映像に心を奪われる。ヴィクター・ヤングによるテーマ曲『80日間世界一周』のゆったりした3拍子も聴く者の旅情をかきたる。そして観おわった後は誰もが「いつか自分も世界を旅してみたい」と夢見る。そんな幸せな時代の幸せな映画だ。そこまで含めて「あ、いいな、こういうの」って思った。

 公開された1956年は昭和31年。日本では高度経済成長が始まった頃。1964年の海外旅行自由化までまだ間があり、白黒テレビも高嶺の花だった時代。こんな映画を観たら誰だってうっとりしてしまうだろう。翻って現代、海外旅行は当たり前。ハイビジョンの大型TVには世界各地からニュースが届き、DVDやブルーレイの高画質映像が手軽に楽しめ、次は3D映像だという。すばらしいテクノロジー、有り難いかぎりだが、『80日間世界一周』に心奪われた時代が少し羨ましく思えたりもする。

80日間世界一周 スペシャル・エディション [DVD]

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