『夏への扉』


 どこかの書評を読んで購入したが、数ヶ月の間積んだままだった。連休というのは、積まれた本の山を小さくするのにちょうど良い。著者のロバート・A・ハインラインアメリカSF界の巨匠で1907年生まれ、『夏への扉』は1957年の作品だ。

 主人公のダニエルは技術者であり、発明家。家族はいないが牡猫ピートが相棒だ。時は1970年、彼は30歳を目前に自分の興した会社から追い出された。傷心のダニエルが酒場に入るあたりからこの物語は始まる。ボストンバッグに隠して連れてきたピートにジンジャエールを飲ませながら窓越しに「冷凍睡眠(コールドスリープ)」の広告を見たダニエルはその足で30年間の冷凍睡眠の契約をする。絶望的な現実からの逃避だ。翌日の冷凍睡眠に備え帰宅する途中、ダニエルは考え直す。そして彼を裏切り会社から追い出した二人、ベルとマイルズに会いに行くのだが、逆に捕らえられてしまう。ダニエルは結局冷凍睡眠で30年後の世界に目覚めるのだが、その後の事情が分かると1970年に帰ってくる。そして30年前(=彼の意識の中では数ヶ月前)に果たせなかったことを解決していく・・・。

 全編「ぼく(=ダニエル)」の語りを中心として書かれているため、文章からは優しい印象を受ける。ハードボイルドやアドベンチャー的な雰囲気はない。また、戦闘シーンは一箇所のみ、それも戦ったのはダニエルではなく猫のピートのほうだ。ダニエルには強靭な肉体も射撃の腕もない。あるのは技術者としての頭脳と、何かを作り上げるために幾晩も徹夜できる粘り強さだ。同様に彼には戦場で状況を瞬時に判断し、実行するような行動力は無いが、科学的論理的に考えた上で自分の出した結論に迷いはない。何人かの協力的な人達に助けられつつ、地味で地道な技術者が最期に幸せをつかむ。ピートとの会話もステキだ。初夏の青空のように気持ちの良い読後感が残った。

夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))
作者: ロバート・A・ハインライン, 福島正実
メーカー/出版社: 早川書房
発売日: 1979/05
ジャンル: 和書