『木靴の樹』


 19世紀末、イタリア北部のロンバルディア地方の小作農民の日常が描かれた『木靴の樹』を観た。エルマンノ・オルミ監督、1978年の作品。この映画の舞台は4軒の農家が暮す農場。種まき、収穫、とうもろこしの葉をとって、水車で粉にする。馬小屋では馬の出産があり、牛が病気になれば看病する。冒頭の字幕によると、収穫の2/3は地主の所有ときまっていたそうだ。スープとパンのみの食事、粗末な衣服、すきまの開いた扉。おそらく彼らの曽祖父母の時代と殆ど変わらない暮らしだったのだろう。結婚、出産、そして子育て。子供たちは元気に遊び、家族は寄り添う。3時間に及ぶこの作品では、貧しさの中でも淡々と生きていく当時の農民の暮らしを伝えてくれる。

 教会の神父さんの強い勧めで学校に通うことになった少年ミネク。母親手作りのカバンを肩から提げ、片道6キロの道のりを毎日歩く。末の弟が生まれた日、ミネクは学校の石造りの階段で木靴を割っててしまう。割れた木靴を手に、裸足で歩いて帰ってきたミネクのため父親のバチスティは新しい木靴を作ろうとするのだが、そのためには丈夫な硬い木が必要。バチスティは夜中に斧を片手に家を出て行く・・・・・。

 19世紀も後半というのだから、そんなに遠い昔のことじゃない。日本は明治の世となり、富国強兵に精を出していたころ。一歩先を行くヨーロッパ各国は帝国主義の名の下に、世界中に植民地を求めていた。ダイナミックに動く政治の表舞台をよそに、ヨーロッパの片田舎では昔ながらの暮らしが続いていたわけだ。印象的だったのは大人も子供も一緒になって働く姿。生活とは働くこと、一人前に働けるようになるため、親は子を育て、子供達は親を見習い成長する。生活の中に仕事があり、仕事の中に成長がある。もう一つは彼らの祈り。食事の前や寝る前には大人も子供も皆で十字を切って祈る。ある日どこかからやってきたのではない、子供の頃からずっと、何代も前の先祖からずっと続く教え。そこにどんな疑問も入り込む余地のないほど暮しに密着した信仰の姿はとても新鮮で、羨ましく思えた。恐らく日本にはもう残っていまい。ヨーロッパの田舎ではどうなのだろうか。

木靴の樹 [DVD]

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