『ブリューゲルの動く絵』


 「帰ってイイ?」「ど、どうぞ・・・・」6時前に事務所を出るのは久しぶりだ。地下鉄中央線を九条駅で降りて駆けつけた九条シネ・ヌーヴォ、客席数70の小さな映画館だ。先日訪れたワッハ上方で、チラシを何枚かもらってきたのだけれど、寄席や演芸に混じって映画のチラシが入っていた。『ブリューゲルの動く絵』、「摩訶不思議、寓話の世界に、迷い込む」とある。何だか面白そうなので観にいくことにした。

 16世紀フランドルの画家、ピーテル・ブリューゲル。『バベルの塔』『雪中の狩人』などは誰もが一度は目にしたことがあるだろう。彼の作品に『十字架を担うキリスト』という宗教画がある。遠景中央左よりに巨岩の上にそびえ立つ風車、遠景右手に刑場。手前右手に嘆き悲しむ聖母マリアが描かれ、中央に十字架を引きずるイエスの姿が小さく描かれている。馬に乗った兵士や見物に来たおびただしい数の農民たちも描かれている。面白いのは、人々の衣装はイエスの時代のものではなく、ブリューゲルの生きた16世紀フランドルのもの。イエスを連行している赤い服の兵隊は当時フランドルを治めていたスペイン兵だ。ブリューゲルは『十字架を担うキリスト』を自分の時代の出来事のように描いている。

 この映画は『十字架を担うキリスト』に描かれている人々の日常、ブリューゲルが目にしたであろう、16世紀フランドルの庶民の日常を淡々とつづっている。森で木を切る人、風車を動かし粉を挽く人、子牛を売りに行く若い夫婦、遊ぶ子供達。スペイン兵は人々を迫害し、ブリューゲルの妻は子供のオムツを替える。そして、それらを見つめるブリューゲルルトガー・ハウアー)・・・・。この映画は一枚の絵画に盛り込まれた多くの要素を順に取り上げて見事に映像化している。文字通り「動く絵」のような映画だ。

 大阪に来てから初めて映画館で観た作品。淡々として派手さはないが、絵巻物を見るような美しい映画だった。ブリューゲル絵画に詳しい人ならば、彼の作品の生まれた背景を追体験できて楽しめるのだろう。生憎詳しくはない自分は、ジョスカン・デ・プレやハインリヒ・イザークら、ルネサンス期フランドル楽派の音楽家が見たであろう風景や人々の営みに触れることができ嬉しかった。16世紀に迷い込み、ブリューゲルの絵の登場人物の一人になったような感覚を味わえる映画。お勧めです。