『アラバマ物語』


 オープニングの映像がとても美しく、思わず引き込まれた。子供の手が木箱のふたを開ける。宝箱なのだろう、中には古いコインやビー玉にクレヨン、木彫りの人形や止まった懐中時計が見える。子供の手がクレヨンを取り出し、ノートの紙に鳥の絵を描く。クレヨンを取り出した拍子にビー玉が転がっていく。この宝箱が後から意味をもってくるのだけれど。

 ハーパー・リーの大ヒット小説『To Kill a Mockingbird』の映画化。時は1932年、アメリカ南部の田舎町メイカムで、黒人青年のトムが白人女性をレイプしたかどで訴えられる。トムの弁護を引き受けたのは弁護士アティカス・フィンチ。人種差別が色濃く残るこの街で、黒人の弁護をすることは特別な意味を持つ。回りの圧力に屈せず、自らの正義を貫くアティカスの活躍を、6歳になる彼の娘の目線で描く。

 アティカスを演じたのは『ローマの休日』で新聞記者ジョーを演じたグレゴリー・ペック。本作では眼鏡の似合う渋いミドルを好演している。そしてそんな父親を大好きな娘スカウト(メアリー・バダム)がたまらなく可愛い。お兄ちゃんのジェム(フィリップ・アルフォード)の後を一生懸命についていく姿が印象的だ。

 それにしても、「20世紀に入ってもこんなんだったんだぁー」というのが率直な感想。この映画が公開された1962年の時点で30年前の昔話なのでいくらか誇張もあろうが、それにしてもだ。黒人の弁護をするアティカスは「それでも人間か」「あんたも人の親だろう」と罵られる。人間とは白人のこと、黒人は人ではない。ナチュラルに心の底からそう考えることのできる白人たちの間では、アティカスの行為は言語道断だったわけだ。そんな当時から71年後の2003年にアメリカ映画協会が発表した「最も偉大な映画ヒーロー」で、アティカス・フィンチが一位になったという。二位はインディ・ジョーンズ、三位がジェームズ・ボンド。こういう「アメリカン・ヒーロー」も有りなのだとは正直驚きだ。アメリカ人を見直した。