『妖怪アパートの幽雅な日常(1)』


 両親をなくした稲葉夕士が高校入学と同時に住むことになった「寿荘」は妖怪アパートだった。そこでは妖怪や幽霊が人間同様普通に暮らしている。毎日絶品の手料理をつくってくれる賄いのるり子さんも、ものすごく大きな体の大家さんも、美人でプロポーションバツグンのまり子さんも、庭先で楽しげに犬のシロと遊ぶ2歳のクリ君も人間ではない。登場する妖怪や幽霊たちは皆フレンドリーで、新入りの夕士を暖かく迎え入れてくれるのだが、夕士の中の「常識」はガタガタと崩れ落ちる。日々驚愕する夕士を支えてくれるのは除霊士見習いの高校生秋音ちゃん、詩人の一色黎明といった住人達(人間)。「寿荘」での非現実的な日常と高校での現実的な日常との対比の中で、夕士が成長していくというお話だ。

著者は香月日輪(こうづきひのわ)という人。寡聞にして知らなかったが、2003年に発表したこの作品はその後シリーズ化されている。やさしく読みやすい文章でありながら、「常識って何?」「普通って何?」と考えさせてくれる。

 中学、高校時代というのは、家族と地域中心の閉じた世界から、世間という開かれた世界に出るための修行の期間。子供が社会化されて大人になる時期だ。世間なるものと対峙するための心構えとして、大人たちが共有している知恵の集合体が「常識」なのだから、それを身につけるのは中学、高校時代のテーマの一つだろう。真面目にそれを身につけようとする子もいれば、それを飲み込みたくなくて反社会的、非常識的な行動に出る子もいる。この本の中の夕士の場合、両親を失くしたため必死で大人になろうとする、即ち常識を急ぎ身につけようとするのだけれど行き詰っている。そんな時、彼は寿荘の面々から常識外のいろんな世界がある事を知る・・・。

 毎日暗いニュースばかりで、閉塞感漂う現代、こんな時代の「常識」を教育されても「なんだかなぁ」と思う子供も多かろう。大人だってそうだ。男性の場合、昔のような仕事人間モーレツ社員であることは許されず、良きパパ、良き夫であることを四方八方から要求される。一方仕事の上では、ISOだUL規格だと日本はもとより世界の常識にがんじがらめにされながら、その一方で常識を超える発想や行動を期待される。何ともひどい時代だ。女性にとっては、良妻賢母はすでに理想像ではありえず、自己実現の名の下に仕事を持つことが一つのステイタスであるのに「女性としての幸せ」なるコトバが飛び交うと心おだやかではなかろう。価値観の多様化って、当然のことだけれど、結構ツカレル事なのだ。著者から悩める子供たちへの「肩の力抜けよ、世界は広いぜ」というメッセージがオトナの心にしみる今日この頃だ。

妖怪アパートの幽雅な日常 1 (講談社文庫)
作者: 香月日輪
メーカー/出版社: 講談社
発売日: 2008/10/15
ジャンル: 和書