『96時間』


  妻と別れ、一人孤独に暮すブライアン(リーアム・ニーソン)。現役を引退した今は警備員の仕事で生計を立てている。彼の唯一の生きがいは、離れて暮す娘キム(マギー・グレイス)の成長を遠くから見守ることだった。そのキムが、旅先のパリで何者かに誘拐されてしまう。誘拐の直前、彼女が電話でブライアンに残した犯人の手がかりは、3-4人の男達で右手に月と星の刺青があることのみ。娘を救うためブライアンは単身パリへと飛ぶ。法律も自らの命も顧みず、パリの暗部にうごめく人身売買組織に敢然と戦いを挑む。頼りはかつてCIAエージェント時代に培った自己の能力だけだ・・・。

 2008年公開のこの作品は、先日観た『パリより愛をこめて』と同様、リュック・ベッソン(製作・脚本)&ピエール・モレル(監督)のコンビによる大ヒット作だ。オリジナルのタイトルは『Taken』、邦題の『96時間』とは誘拐の被害者を助け出せるタイムリミットのこと。この戦いは時間との戦いでもある。パリに降り立ったブライアンが旧友に語る印象的なセリフ「必要ならエッフェル塔も壊す」に象徴されるよう、彼は手段を選ばない。愛する家族のため、命がけで闘う父親。極めてシンプルなストーリーながら、疾走感あふれる画面に釘付けになった1時間半だった。

 ブライアン役のリーアム・ニーソンがとても良い。物語の冒頭、家族と離れて孤独に余生を送る、少しくたびれた悲しい姿は実に渋く味わい深い。そんなブライアンが敢然と敵に立ち向かうのだから、応援せずにはいられない。いざと言う時には体を張って家族を守る初老の父親。これが往年のアーノルド・シュワルツネッガーやシルベスタ・スタローンのようなマッチョな俳優だったら面白味は半減だろう。

 いざという時、家族にとって頼りになる存在でありたいと思っている。事実かどうかは別にして、そして妻や子供が実際にどう思っているかも別にしてだ。きっとこれは世界中の父親共通の目標であり願望であるに違いない。しかし犯罪が組織化され、その舞台も世界へと広がっている現代、もし子供が誘拐されたとしても、自分にできそうなことはごくごく限られている。家族を代表して警察に通報し、事の次第を冷静かつ客観的に伝えることくらいだろうか。あとは無事を祈りつつ捜査の進展を見守るしかない。何か行動を起こそうものなら「おとーさん、捜査の邪魔になるのでやめて下さい!」と叱られるのがオチだろう。子を思う気持ちはあっても何もできない、想像しただけで辛くなるが、現実は多分そんなところ。もし自分にもブライアンのような能力があったら、命をかけて家族を守る・・・。世のお父さん達にとってこの映画は、子供たちにとっての『ハリー・ポッター』シリーズのようなファンタジー映画なのかもしれないなどと思った。