『ナイト・オン・ザ・プラネット』


 プライベート・ジェットでロサンゼルスの空港に下り立ったヴィクトリア。ビバリーヒルズまでの帰路に乗ったタクシーを運転するのは、娘ほど年の離れたコーキー。いつかは兄のように車の整備工となる事を夢見ている・・・。ニューヨーク午後10時過ぎ。ブルックリンへ帰るヨーヨーがやっとの思いで捕まえたタクシーのドライバーはどうも英語が通じない。おまけに運転もメチャクチャだ。彼は東ドイツからニューヨークに来たばかりだという・・・。深夜のローマ、ジーノの運転するタクシーに乗ってきたのは教会の神父さんだった・・・。

 世界各地でロケをしたということ以外、恐ろしく地味な印象だった。大掛かりなセットもアクションもない。大どんでん返しもない。会話と表情と流れる夜景、それだけだ。ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキ。この惑星のあちこち、タクシーという個室の中での人間ドラマをオムニバス形式で綴った1992年公開のアメリカ映画。

 仕事でもプライベートでもタクシーのお世話になることは多い。ドライバーさんにその街についてあれこれ尋ねて情報収集する事もあれば、天気の話題がつきた後は無言、なんてことも多い。目的地を告げたら到着するまでずっと携帯電話でやり取りをしてしまうようなこともある。そんな自分だが、下りる時「ありがとう」と言うことと、100円未満のお釣りだったら「取っておいて下さい」と言うことを心がけている。有難がってもらえるなんて、これっぽっちも思ってもいないけれど、おそろしく低い確率で出会い、わずかな時間を共にしたドライバーさんがその後のほんの少しの間だけでも良い気分になってくれるなら嬉しいことだ。安全運転をしてくれるかも知れないし、普段より少しエコドライブを心がけてくれるかも知れない。良い気分というのは連鎖するから、巡り巡って自分に帰ってくる可能性もごくごくわずかだけれど無いわけではない。万一忘れ物をした場合の対応もきっと違ってくるだろう(笑)。

 この映画に登場する5組のドライバーと客は皆、大して幸せとは言えない境遇の中で懸命に生きている普通の人たち。誰しも問題や苦しみを抱えて生きている。観終わった後、しんみり、しみじみとした後味の中で人生をかみしめたくなる。そんな大人向けの映画だ。「幼い少年のころ、月は真珠に似て、太陽は黄金のように輝いていた。やがて大人になると、吹く風は冷たく、山々は上と下がひっくり返った・・・」エンディングで流れるのはトム・ウェイツの『グッド・オールド・ワールド』。字幕の歌詞が心に染みた。