『ヘンリー四世 第一部』


 シェイクスピア第2四部作の2作目。『リチャード二世』でリチャード王に替わり王位についたヘンリー四世の治世、一部の重鎮(ウスター伯トマス・パーシー、ノーサンバランド伯ヘンリー・パーシー、その息子ホット・スパー等)が王に反旗を翻す。シュールーズベリーの戦いと言われる内乱の勃発から鎮静までを描く。

 いわゆる謀反の話なのだが、シェイクスピアはどちらか一方を善、他方を悪とする書き方をしていない。双方言い分をもちながら、結果的に戦争へとなだれ込む。お互いにとって相手が悪で自分が善。戦争とはこういうものなのだろう。勧善懲悪的な分かりやすさがないこの物語に、二人の個性的な人物が彩りを添える。

 王ヘンリーの息子、皇太子ハルは素行の良くない仲間たちと居酒屋に入り浸り悪事を働く。父親泣かせの絵に描いたようなうつけの王子だ。仲間の一人フォールスタッフは騎士の身分ながら大酒飲みの肥満体。大法螺吹きで口は達者だが、意気地無しの三枚目。騎士の風上にも置けないのだけれど憎めないキャラクターだ。

 そんなハルとフォールスタッフも内乱の鎮圧に参加することになる。うつけ王子ハルは生まれ変わったかのような働きを見せるが、一方のフォールスタッフはてんでダメ。「なあに戦争には一番後から、宴会には真先かけてだ。これが腰抜け武士と食いしん坊の守るべき掟だ」などと不届きなセリフを吐く。観客はさぞかし大笑いしたことだろう。

 イングランドの歴史にもとづく史劇がフォールスタッフのお陰で何とも人間味のある楽しいドラマになっている。大義より名誉より我が身が可愛い・・・言いたくても言えない、そんな正直な気持ちを堂々と言ってのけるフォールスタッフを、観客は笑ってバカにしながらも、心密かに共感してしまうのではないだろうか。言い換えると、シェイクスピアは三枚目のへなちょこ騎士の口を借りて、皆の本音をズバリと言わせるのだ。だとすると、笑ってバカにしていたのは自分自身ということになる??

ヘンリー四世 第1部
作者: ウィリアム・シェイクスピア, 小田島雄志
メーカー/出版社: 白水社
発売日: 1983/01
ジャンル: 和書