『ヘンリー五世』 


 後に「100年戦争」と呼ばれるイングランドとフランスの戦いの最中、海を渡ったイングランド軍と、その数4倍のフランス軍とが聖クリスピアンの祭日に戦ったアジャンクールの戦い(1415年10月25日)前後の模様が描かれる。

 主役のイングランド王ヘンリー五世は、皇太子時代、放蕩三昧のうつけものだった(→ヘンリー四世 第1部 第2部)。父王の後を継いで王となった今、宿敵フランスに対しどう対峙するかという問題に直面する。彼はまず部下である重鎮たちの言葉に耳を傾ける。懸念されるポイントについて随所で質問しながら状況を判断し、開戦を決断。その決断を自分の言葉で語ることで皆の心を一つにする。「情報収集→状況判断→決断→実行」現代のビジネスの現場にも通じるこのプロセス、王ヘンリーは魅力的なリーダーとして登場する。

 印象的だったのは、決戦の日の未明、王ヘンリーの独白のシーン。それまでの連戦に次ぐ連戦で疲れ果てたイングランド軍を率いて、4倍の人数を誇るフランス軍と戦わなければならない王の心の内が語られる。

 「王の責任か!ああ、イギリス兵一同のいのちも、魂も、借金も、夫の身を案じる妻も、子も、それまでに犯した罪も、すべて王の責任にするがいい! おれはなにもかも背負わねばならぬ。この過酷な条件は王という偉大な地位とは双子の兄弟なのだ・・・」「おのれの痛みしか感じられぬばかものどもの悪口にも 痛めつけられるほかないのだ。一般庶民が享受しうる 無限の心の安らぎを、王はどのぐらい捨てねばならぬのか! しかも、王がもっていて庶民がもっていないものといえば、儀礼のほかに、形式的儀礼のほかに、いったいなにがある?・・・・」

 状況は最悪、しかし全責任は自分にある。プレッシャーに押しつぶされそうになりながらも結果を出さなければならない。キツイだろうなぁ、逃げ出したくなるだろうなぁ。スケールは全然違うが、日ごろ自分が置かれている環境と重ね合わせてしまう。共感し、とても身近に感じることができた。しかしこの独白の後、王ヘンリーは有名な「聖クリスピアンの祭日の演説」を行う。後世に残る名演説にイングランド兵は奮い立つ。さすが王様は違うナ。

 『リチャード二世』『ヘンリー四世 第1部』『ヘンリー四世 第2部』そしてこの『ヘンリー五世』をシェイクスピア第2四部作という。それぞれ異なった味わいがあり、楽しめた。

ヘンリー五世 (白水Uブックス (19))
作者: ウィリアム・シェイクスピア, 小田島雄志
メーカー/出版社: 白水社
発売日: 1983/01
ジャンル: 和書