『ウィンザーの陽気な女房たち』


 シェイクスピアの喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』を読んだ。物語の中心は太っちょの騎士ジョン・フォールスタッフ。気位は高いが財産はなく、大酒飲みで女癖が悪い。しかし頭の回転が早く、弁舌巧みでどこか憎めない。シェイクスピア作の『ヘンリー四世』に登場するのだが、それを観たエリザベス女王がいたく気に入って、この魅力的な人物が恋をするお芝居をシェイクスピアにリクエストしたという逸話が伝えられている。真偽の程はさておき、本作で騎士ジョン・フォールスタッフの魅力は十二分に発揮される。

 フォールスタッフの恋のお相手はこともあろうにウィンザー市民の妻二人。二人の人妻を手玉にとろうとして、逆に手玉に取られる。妻たちの夫の内一人は妻を疑い、見事な変装でフォールスタッフに接近。私立探偵ばりの活躍をするのだが、彼の活躍が物語の裏と表をつなぐ。もう一人は妻を全く疑っていないのだが、彼の美しい娘を巡って3人の男達が求婚するというドラマが物語全体を流れる複線になっている。ウェールズ生まれ(=田舎者)のエヴァンズ神父とフランス人医師キーズの変な言葉のやり取りも面白おかしい。太っちょ騎士に負けず劣らずの魅力的な登場人物に囲まれてドタバタのコメディーは楽しく進む・・・。

 この戯曲には悪役がいない。二人の女房たちは知恵をめぐらしフォールスタッフを懲らしめるのだが、『ヴェニスの商人』 のポーシャとネリッサ程の女傑ではないし、もちろんフォールスタッフは金貸しシャイロックとは程遠い。登場するのは心優しき市民たちばかりの喜劇だ。それにしても、このお芝居を上演するとして、騎士ジョン・フォールスタッフを誰に演じさせるかを考えるのは、難しいけれどたまらなく楽しい仕事だろう。威張っているけどどこか抜けている。悪人じゃぁないが人畜無害でもないデブキャラ。演出家が「この人だ!」という役者に出会ったらもう、居ても立ってもいられなくなるのではなかろうか。逆に彼にふさわしいと思える役者がいなければ、このお芝居は成立しないのかも。今までに読んだシェイクスピア戯曲の魅力的なキャラクターNo.1だ。

ウィンザーの陽気な女房たち (白水Uブックス (18))
作者: ウィリアム・シェイクスピア
メーカー/出版社: 白水社
ジャンル: 和書