『梅』と『高砂』

 大阪市中央区、街中に佇む山本能楽堂は木造3階建ての小さな能楽堂昭和2年に建てられ、戦災で消失の後昭和25年に再建された。昨年の夏に一度訪れ「初心者のための上方伝統芸能ナイト」というのを楽しませてもらった。今回は「たにまち能」というタイトルで行われている定期公演に行ってきた。

 開演時間は1時。その30分程前に到着し、靴を脱いで袋に入れて入場する。客席はそこそこの入りだったが、開演の頃にはほぼ満席になっていた。この日最初の演目は世阿弥作の『高砂』。結婚披露宴などでも登場する「た〜か〜さ〜ご〜やぁ〜」の謡で有名な曲、夫婦円満と長寿を祝うおめでたい能だ。続いて狂言佐渡狐』。狂言が始まると客席の雰囲気もふっと和らぐ。年貢を納めに行く道すがら偶然出会った二人のお百姓が掛けをする話。リラックスして楽しめる。仕舞が三つあって10分間の休憩。お神酒が振舞われてウレシイ。休憩の後に『梅』。難波津にやってきた藤原何某は里娘と出会う。実は彼女は梅の精で、後半で真の姿を現して舞を舞う。お正月に似合う、華やかな舞台だ。お客の年齢層は予想通り高め。平均で50台半ばくらいだろうか。和服を着た女性もちらほらと見えお正月気分を味わえた。

 能は素人には理解しにくいとよく言われる。確かに自分も素人なのでその気持ちは分るが、全てを理解しようと思わなければ結構楽しめる。言葉が全て古語なので外国語のオペラを観ていると思えばよいのだ。古語とは言っても日本語なので、いくらかは理解できる部分もある。実はこれが曲者だったりする。理解できる部分では「ふむふむ」と良いのだが、その後で分らなくなると「・・・・」。そして分からない部分が続くと「あぁ〜もうワカラン!!」となってしまう。そして眠たくなる・・・。チラシの裏などにあらすじが書いてあるので、それを読んで大体の話の流れをつかみ、あとはゆっくりした所作と美しい舞台を眺める。前半で登場した人物が後半でその本性を表す、というのはお決まりのパターンなので、その変化を楽しむというのも素人にもできる楽しみ方だ。もちろん、和歌や謡の知識を仕込んで、隅々まで鑑賞できるに越した事はないのだが、その域に達するにはある程度の修行が必要だろう。そして、なかなかできないことだけれど、本当は謡や舞を習って、自分でもやってみるのが一番なのだと思う。


 それにしてもこの日の能楽堂は寒かった。休憩で振舞われたお神酒にも「燗付けてくれ〜」などと思ってしまうほどだ。靴を脱いでいたので足元が猛烈に冷える。山本能楽堂は椅子席ではなく、階段状の席に敷かれた座布団に座るのだが、幸い前の席が空いている。行儀が悪いとは思いながら、前の座布団をたぐり寄せて足を乗せさせてもらった(笑)。