山本能楽堂


 大阪中央区にある山本能楽堂に行ってきた。観世流山本博之氏により昭和2年に開館、大阪大空襲で焼失したが、昭和25年に再建された。オフィスと住宅の混在する街中に佇む木造3階建は平成18年に登録有形文化財の指定を受けているそうだ。山本能楽堂では初心者向けの企画を積極的に行っていて、毎月2回開催されている『初心者のための上方伝統芸能ナイト』もその一つ、一晩で4つの伝統芸能を楽しめるという、何ともデラックスな企画を楽しんだ。

 今日の演目は、「お座敷あそび」「狂言」「素浄瑠璃」そして「落語」。落語家の桂春蝶が司会を務め、日頃馴染みの薄い伝統芸能を親しみやすくナビゲートしてくれる。「お座敷あそび」は大阪ミナミに唯一残るお茶屋、島之内たに川の芸妓、小牧さんが「もみじの橋」という端唄を舞ってくれた。能舞台で舞われる季節外れのもみじの舞いはとても艶やかだった。「狂言」は和泉流狂言方、小笠原匡による『鐘の音』。主から「かねのね」(金の値段)を調べてくるよう命じられた太郎冠者は、鎌倉の都で「鐘の音」を聞いてくる。おっちょこちょいの勘違いなのだが、言葉遊びの面白さが味わい深い。「素性瑠璃」とは文楽人形浄瑠璃)から人形を除いた太夫と三味線による語り芸。今日の出演は豊竹太夫と竹澤宗助。『絵本太功記』より、主君信長を討った明智光秀が、その事を悔いて切腹しようとするところを息子十次郎に止められて、秀吉を討たんと出陣する「妙心寺の段」が演じられた。人の声による表現の奥深さ、三味線との絶妙な間合いとかけ合いを堪能できた。

 素浄瑠璃の前に「体験コーナー」があり、これが結構面白かった。客席から3人のお嬢さんが選ばれて「妙心寺の段」の一部を謡う即席の公開レッスンだ。「やぁやぁ十次郎。田島の頭もろともに西国へ馳せむかい、」このフレーズを三味線の伴奏に合わせて謡う。当然上手く謡えるはずがないのだが、繰り返すうちにだんだん形になってくるから立派なものだ。能舞台の3人といっしょに、客席のそこかしこからからも謡う声が聞こえてきた。

 最後を飾ったのは桂春蝶による古典落語『立ち切れ線香』。船場の若旦那と芸妓の小糸との悲恋の噺だ。前半はコミカルなのだが、次第にシリアスな展開になり、固唾を飲んで聞き入ってしまった。落語に悲劇があるとは知らなかったが、最後のオチが何とも味わい深い一席だった。

 お茶とお弁当が付いているのには驚いた。豆と昆布のおこわがたいそう美味しく嬉しかった。4つの演目について書かれた解説が配られ、会場には字幕が映し出されるのも初心者にとってありがたい。4ヶ国語(日・英・中・韓)対応なので、海外からのお客さんにも楽しんでもらえるのかも。ちなみに『初心者のための上方伝統芸能ナイト』は”Evening of Traditional Osaka Performing Arts”となる、なるほど。ハイライト部分のみの寄せ集めの薄っぺらな内容なのではと心配していたが、それぞれに見応えがあり、それでいて格式ばらず、肩のこらない親しみやすい雰囲気。伝統芸能を崇め奉りもったいぶるのではなく、敷居を下げて広く門戸を開く姿勢は大阪ならではなのかも。今度は能を観に来たいと思った。