『ドゥ・ザ・ライト・シング』


 スパイク・リー監督1989年の作品。多くの人種が入り交じり暮らすブルックリンの下町。主人公の黒人青年ムーキー(スパイク・リー)は仕事が長続きせず、妹からもプエリトリカンの彼女からも悪態をつかれる毎日。彼が今、配達員をしているピザショップの主人サル(ダニー・アイエロ)はイタリア系。20年以上この街の人々の胃袋を満たしてきた。ある日店でトラブルが起こる。サルが客の黒人青年ラヒーム(ビル・ナン)に彼が手にした大音量のラジカセを止めろと注意したのが発端だった。サルとラヒームはもみ合いとなり、店の前での乱闘騒ぎとなる。人々が集まり、あたりは騒然となる。騒ぎを聞きつけパトカーがやって着たのだが、仲裁に入った白人警官が誤ってラヒームを殺してしまう。普段は地元のやんちゃな若者と店主サルとの間の緩衝材にもなっていたムーキーだが、この時彼の中で何かが弾けた…。

 この映画には「黒人=弱者=正しい」という分かりやすくウケの良さそうな構図はない。自堕落で、いい加減な黒人達をシッカリ描いている。同様に偏見に満ちた白人の視線、小賢く立ち回るコリアン等、偽悪的と思えるほど生々しく描いている。また、親和的な者もいれば、対立をあおる者もいる。その間で揺れ動く人達も。おそらくこれが現実なのだろう。

 人種間の問題について多くの日本人の感度は鈍い。島国に住む似た者同士の間で、些細な差異を敏感に感じ取り比べあう能力はあっても、黒人と白人のような圧倒的な外見の差異、言葉や伝統や文化、価値観の大いなる隔たりの前には、全否定か全肯定、もしくは思考停止になってしまう。かく言う自分もこの点で例外ではないと思う。

 虐げられし者たちは、暴力に訴えてでも立ち上がるべきなのか、あくまで話し合いを重ね、暴力は避けるべきなのか。この作品では二人の黒人指導者、キング牧師マルコムXとが引き合いに出される。どちらが正しいかなんて、簡単には言えない。事象をミクロで見るか、マクロで見るか、短期的に見るか長期的に見るかで答えは変わる。時代時代によっても評価は分かれよう。しかし思考停止のお手上げ状態は一番よくない。正しいこと、自分が正しいと信じることをしなさい。Do the Right Thing.タイトルをこう解釈した。

 サルのピザショップで働く彼の二人の息子は、この店を売ってイタリア系の多い街に店を出そうと言うが、サルは取り合わない。そこにはすでにピザ屋が沢山あるからだ。サルは客の若者たちに悪態をつきながらも「みんなウチのピザを食べて大きくなったんだ」と語る。サルのこの言葉は心に響いた。理想論だけでない、日々働き、糧を得なければならない大人の苦悩と覚悟、そして自信とが感じられる。荒っぽいオヤジだけれど、この映画の登場人物では一番感情移入できるキャラクターだったぞ。