『レパントの海戦』


 レパントの海戦とは400年以上昔にスペイン、ヴェネツィアを中心としたキリスト教国の連合軍と、イスラム教のトルコとが戦った歴史的な海戦。 1571年の10月7日、ペロポネソス半島北西の海上に集まったのは両軍合わせて500隻の船と17万の人間。手漕ぎのガレー船を中心とした海戦としては最大かつ最後のものだったという。大砲や小銃も交えるが、戦いの中心は相手の船へ乗り移り剣や槍を振るう白兵戦。多数の死傷者を出しキリスト教側の勝利に終わったこの戦いを塩野七生が描いた。

 主人公の名はアゴティーノ・バルバリーゴ。年は40代半ばのヴェネツィア貴族。熱いハートを表に出さず、穏やかで優しく思慮深いキャラクターは他の塩野作品の主人公達にも共通する。この物語はバルバリーゴが二年間のキプロス島駐在から帰国した頃から始まるのだが、そのキプロスにトルコが侵攻。ヴェネツィアローマ教皇に働きかけ、渋るスペインを説得し連合艦隊を編成する。十字架と半月が激突する聖戦に、バルバリーゴも巻き込まれていく。

 「血を流す政治」である戦争と「血を流さない戦争」である政治。塩野七生の選び抜かれた言葉の一つ一つがその情景をみごとに描写するのだが、束の間の帰国の間に生まれた、バルバリーゴとフローラという名の女性との恋がこの物語に彩りを添える。そして、戦う男たちは愛する人に何を残して死んでいくのか、塩野七生なりの答えが表現されている。「血を流す政治」の 熱狂とその後の静寂。戦争で変わったものもあれば変わらないものもある。変わらないものが人々の思いなら、変わったものの積み重ねが歴史になるのだろう。ルネサンスの時代から現代まで、無数の人々が歩んできた歴史の一本道、自分もまたそこを歩む一人なのだと気づかせてくれる、そんな一冊。

レパントの海戦 (新潮文庫)
作者: 塩野七生
メーカー/出版社: 新潮社
発売日: 1991/06
ジャンル: 和書