『現金に体を張れ』

 1956年、28歳のスタンリー・キューブリック監督がハリウッドで初めて撮った出世作。原題は”The Killing”。刑務所から出たばかりのジョニー、病気の妻を持つバーテンダーのマイク、借金で首が回らない警官のランディー、美人の悪妻に翻弄される馬券売り場係のジョージ、そしてジョニーを息子のように可愛がる帳簿係のマービン。彼ら5人が競馬場の売り上げ200万ドルを奪うクライム・アクション。彼らはジョニーを中心に綿密な計画を練る。5人の他に2人の男が計画には必要だ。大騒ぎを起こし、警備員をひきつける「あばれ屋」のモリースと、レース中の馬を狙撃するライフルの名手ニッキー。彼らは計画の詳細を知らされぬまま高額のギャラで雇われる、言わばエキストラだ。この映画の前半は計画の準備が着々と進む様子が描かれ、後半は実行当日朝からの7人それぞれの動きを描く。この後半の表現が独特で、実際は同時進行しているそれぞれの行動を一人ずつ順番に描いていくので、クライマックスの第七レースに至るまで、時間は行っては戻りを繰り返す。観ている者は頭の中で時計の針を戻さなければいけないのだけれど、7人がそれぞれ単独で計画通りに自分の役割をこなしていく、「孤独なチームワーク」の感じがよく伝わってきた。計画は予定通りに進行し、成功したと思えたのだが、思わぬダークホースが待っていた・・・。

 85分と短い上映時間の中で、7人それぞれのキャラクターと抱えている事情を描き、時計の針を何度も戻しながらクライマックスまで持っていくのはさすが。ムダをそぎ落とした必要十分な表現がここにある。7人の中で気に入ったのは「あばれ屋」モリース。乱闘シーンで二人の警備員に両手を左右から引っ張られるとシャツが真っ二つに割れて上半身裸になる。安田大サーカスの原点がこんな所にあったのか!その後大勢の警備員を相手に八面六臂の大活躍をするのだが、その姿はパチパチパンチの島木譲二そのもの。しかし彼が競馬場に向かう際、チェス場の親父に語るセリフが何ともすてきだ。「6時半ごろに戻るが、戻らなかったら頼みがある。スチルマンに電話して、用があると伝言を」「妙な頼み事だ、どうした」「大した事じゃないが訳ありでな。昔太陽の正体を見極めようとした男が太陽を見つめ続け目をつぶした。この世の不思議さ、愛や死、この頼みもだ。電話を頼んだぞ」と言って微笑む。何やら哲学的な匂いがしてカッコイイ、訳が分からぬままに思わず納得してしまう。

 あれ程用意周到だったのに、あっけない結末はそれはそれで味わい深い。能天気な泥棒野郎ではない、それぞれの事情を抱えながら、全人生をかけた文字通りのギャンブルに臨む男たちの悲しい物語。若き日のキューブリックが描ききった。