『美しいこと』


『美しいこと』赤木明登
 石川県輪島の塗師(ぬし)赤木明登が彼同様、自分の手で何かを作ることを生業としている友人たちを訪ねるエッセイ『美しいもの』の続編だ。この本では14組19人の友人が紹介されている。前作同様魅力的な人たちばかりだ。

 木工職人、靴職人、デザイナー、陶芸家、家具デザイナー・・・。それぞれがそれぞれのフィールドで素材と向き合い、ものを作って生きている。前作でもそうなのだが、友人達への思いというか、愛情というか、そういったもの以上の何かが伝わってくる。それは恐らくものづくりをする者同士、相手を認めるというか、尊重するというか、そういったものなのではなかろうか。その意味でこの本に登場するのは著者赤木明登の友人であるだけではなくライバルであり同業者であり、戦友であるのだろう。

 著者は木と漆とでお椀などの塗り物を作るのが仕事だ。著者の仕事が現代の多くのビジネスマンと大きく異なるのは2つの点にあると思う。自分の手でものづくりをするという点と、昔からの伝統とともに仕事をするという点だ。伝統的な徒弟制度について語っているところが印象的だ。

 「伝統的な徒弟制度の中で弟子をするということは、僕の人生の中のほんの数年間、自分というものを、消し去ることができた貴重な時間だった。自分の好みやセンスも、個性も、そんなものは一切関係ない。自分のものを作ったり、表現したりということを考えることすら無い。親方ならこう考えるだろう、こうするだろうと、ただそのことだけに集中して手を動かす。やがて、弟子になるまえにこだわっていたこと、考えていたことが、なんて小さくてつまらないことだったのかと感じるようになる。弟子とは何かを教わる者ではない、小さな自己を捨てるものなのだ」

 自分を消し去ったとき、初めて自分の芯にある「美しいもの」が見えてくるのだという。そんなものなのかも知れない、そんなものなのだろう。

美しいこと
作者: 赤木明登, 小泉佳春
出版社/メーカー: 新潮社
発売日: 2009/04
メディア: 単行本