西湖の朝


 浙江省杭州市の西湖(せいこ)。広さは6.5平方キロで山梨県の山中湖と同じくらいの面積。古来さまざまな歴史の舞台となり、世界歴史遺産にも登録されている。多くの人が訪れる観光地だ。今年に入って3回目の中国への出張。宿泊したホテルが西湖まで徒歩10分というロケーションだったので、到着翌日の朝食前に一人ぶらりと出かけてみた。

 後から聞いたのだが、この季節の杭州は霧の日が多いのだそうだ。朝6時半の西湖はまさに霧の中だった。湖に向かって佇むと、目の前は白一色。雲と霧と湖面との境目が分からない。シームレスな真っ白が頭の真上から足元まで、目の前全面に広がっている。今まで見たことのないような光景、これで辺りが静寂に包まれていたのなら幻想的でファンタジックで、湖面から女神さまが金の斧を手に登場しそうなものなのだが…。

 西湖のほとりの公園は朝から賑やかだった。歩く人に走る人、持参した朝食を食べている人も結構いた。柔軟体操などをしながらベチャベチャ大声で話すおばちゃんがあっちにもこっちにもいて、結構やかましい。太極拳の練習をするグループ、音楽に合わせて踊るグループなど多数。どちらかというと年配の方々による健康体操的なものが多かったが、中には本格的な人たちもいた。昔の中国風の衣装を着て、ものすごい勢いで棒をクルクル回す、棒術のおじいちゃん。真っ赤な武道着を身に着け扇を手に舞う女性。扇を閉じるときのパシッという音が小気味良い。キラリと光る剣を手に、剣舞の練習をするオッサンは決めのポーズが格好良かった。彼の場合Tシャツにジャージ姿だったけれど。


 ふと見ると湖面をゆっくりと進む小船が一艘。真っ白を背景にまるで水墨画のようだとしばし見とれる。長い艪を器用に操るものだと思っていたら、それは先に網のついた棒で、その人は湖面に浮かぶ枯葉やゴミを拾っているのだった。清掃局もしくは湖管理局の職員さんだろうか。早朝からお疲れ様です。

 湖の側は霧に包まれた水墨画の世界、反対の陸側は賑やかなスポーツジム兼食堂兼社交場。対称的な世界が湖岸を境に隣り合っている。湖畔の公園のごく普通の光景なのだろうが、旅人故に感じる物珍しさに加えて、この対称性がとても印象的な西湖の朝だった。