今井のきつねうどん


 大阪なんば道頓堀、昭和21年創業の「今井」本店。店の前に植えられた柳が風に揺れる純和風のたたずまいは、派手な看板の多いエリアにおいて逆に目をひく。前から一度入ってみたかったのだが、やっと行く事ができた。

 さっぱりしていて落ち着いた雰囲気の店内、待つことなく席に通される。まずはビールで喉を潤していると、アテに頼んだ小海老の天ぷらが出される。可愛らしいカゴに盛られた揚げたての海老天。塩でいただく。海老の身がプリプリなのは言うまでもないが、衣の具合がまた良い。サクサクなのだけれど固くない。ふんわりサックリの中に海老が待っている。美味。ビールが進む。ここらで目当てのきつねうどんを注文する。

 先日読んだ大谷晃一の『大阪学』によると、きつねうどんは明治時代の大阪で生まれたそうだ。何といっても安くてうまい。そして手早く食べられることも忙しい大阪商人たちにウケたのだという。ワカル気がする。きつねうどんのことを地元大阪人は親愛の情を込めて「けつね」と呼ぶ。そして油揚げの下の麺が蕎麦に変わると「たぬき」になる、これは有名な話だ。

 程なく運ばれてきた「けつね」。薄い色のつゆに四角い油揚げが二枚並び、ネギの緑が目に美しい。丼を手に取りお汁をいただくと、優しい甘さが口いっぱいに広がる。昆布は北海道、鰹は九州、鮮度にこだわり決して作り置きはしないというダシの香りを味わう。柔らかいけれど腰のある、ツヤツヤのうどんをすすり、甘辛さが絶妙な油揚げを頬張る。幸せの一時だ。大きな油揚げ一枚ではなく、小ぶりなのが二枚というのは、法善寺の夫婦善哉と同じ理由なのだろうか。半分ほどいただいた後、机上に置かれた七味を一振り二振りしてみる。今井の七味は山椒が多めで黒っぽい。まろやかで優しいうどんの味に山椒の香りが程よいアクセントになり、また違った味わいを楽しめた。汁まで飲み干し完食。大阪が生んだ伝統の味「けつね」を堪能した、ごちそうさま。