『平城京に暮らす』


 平城遷都1300年の古都奈良。かつて日本の中心であったこの地の地中から、様々な文字が書かれた木の板「木簡」が出土する。今までに大小合わせ17万点の木簡が確認されているそうだが、本書ではこの木簡から奈良の都に生きた人々の暮らしを読み解く。

 木簡には、太政官発行の命令書や地方からの報告書、戸籍のようにオフィシャルな内容のものもあれば、メモや書き損じ、休暇の届出や待遇改善のお願い、食事が不味いことを訴えたものなどもある。現代人と何らかわらないやりとりが伺われるが、その一方で病気治癒のおまじないや、呪いの言葉が書かれた木簡などもあったりする。これら木簡を書いたのは主に下級役人たちなのだそうだ。本書の前書きにこんなことが書かれている。

「そんな彼ら下級官人にも生活があり、人生があった。そして、その人生のうちほんの一瞬、ある木簡を作って、あるいは使って、捨てたその時間だけを、現代の我々と共有している。それは、彼らの人生のごくありふれた、しかもほんのわずかな一瞬にすぎない。しかし、その一瞬こそ、古代と現代をつなぐ瞬間なのだと思う」

 著者の馬場基(はじめ)が主任研究員として勤める奈良文化財研究所、通称「奈文研」は日本の文化財、考古学業界では知らぬ人のいない存在。古代史研究の総本山ともいえる機関の先生が、こんなあたたかな感性で出土した木簡と向き合っているとは、何とも素敵なことではないか。1300年前のご先祖様たちが身近に感じられる、そんな一冊。

平城京に暮らす―天平びとの泣き笑い (歴史文化ライブラリー)
作者: 馬場基
メーカー/出版社: 吉川弘文館
発売日: 2010/01
ジャンル: 和書