『タイタス・アンドロニカス』


 シェイクスピアの悲劇、タイタス・アンドロニカスを読んだ。タイトルは武勇の誉れ高きローマの老将軍の名前だ。タイタス・アンドロニカスはゴート族との戦いに勝利し、ローマへ凱旋する。捕虜としてローマに連れてこられたゴート族の女王タモーラローマ皇帝に見初められ、その妻となる。タモーラは息子をタイタス・アンドロニカスに殺されている。タモーラとその愛人アーロンの策略でタイタス・アンドロニカスの息子はローマを追放され、娘は想像を絶する残酷な仕打ちを受ける。それまでの人生をただローマのために尽くしてきた老将は、人生の最後にやってきたこの境遇を悲観し、半ば狂人のようになりながら、さらなる復讐を誓うのだった…。

 『タイタス・アンドロニカス』は復讐のドラマだ。復讐は復讐を呼び、その復讐がまた復讐を生むことになる。復讐の渦中にいる人間はだんだんエスカレートしていき、お互いに相手をもっと酷い目に合わせてやろうと考えるのは理解できなくもないが、この戯曲もカナリすごいことになっている。詳しくは書かないが、タイタス・アンドロニカスの美しい娘ラヴィニアはとんでもなく酷い目にあわされるし、タイタス・アンドロニカスの行った復讐もどぎつくて残酷だ。この戯曲は残虐極まるドロドロの復讐劇なのだ。実際この作品はシェイクスピアの戯曲の中でも最も残酷な悲劇と呼ばれているらしい。解説によると、当時イギリスでは疫病が猛威をふるい、劇場は閉鎖。劇団は離合集散を繰り返しながら地方巡業を余儀なくされていたのだが、この作品は転々と劇団を変えながらも上演され続けた超人気作だったらしい。酷い仕打ちを受けた人間が、苦しんだ末に仇を討つというストーリーは分かりやすいし、タモーラと愛人アーロンが徹底的に悪人として描かれていることも、タイタス・アンドロニカスへの感情移入をしやすくしているのだろう。

 人と人とが争う局面は、勉強やスポーツから戦争まで様々ある。名声や地位、富や国土を得ようと人は争うのだが、復讐となると少し様子が違う。富も名声も地位も要らない。欲しいのは相手の苦しみだけだ。精神的満足という意味では同じだが相手が苦しめば苦しむ程その満足は増えるのだから、どうしても陰惨な物にならざるを得ないのだろう。今自分の周りには復讐を本気で実行した人、しようとしている人は一人もいない(と思う)。まぁ、世の中がまずまず平和で、行政や警察が行き届いている現在の日本、多くの人は復讐をしたくなることなく一生を終えるのだろう。これは何とも喜ばしいことだと思う。

タイタス・アンドロニカス (白水Uブックス (6))
作者: ウィリアム・シェイクスピア, 小田島雄志
出版社/メーカー: 白水社
発売日: 1983/01
メディア: 新書