先制ありがとう張り紙


 最近、お店などでやたら目にするトイレの張り紙。当店のトイレをきれいにご利用いただき、誠にありがとうございます・・・。トイレに入るやいなや目に飛び込んでくる。「きれいにご利用」できるかどうか、まだわからない時点で「誠にありがとうございます」とお礼を言われてしまうのだ。誰にも間違いはある。ひょっとしたら2-3滴こぼしちゃうかもしれない。「ちょっと待ってくれ、まだそうと決まったわけじゃぁないんだ・・・」「お礼を言うのなら見事一滴もこぼさず用を足し終えたのを確認してからにしてくれ!!」と言いたくなる。この手の張り紙を「先制ありがとう張り紙」と名づけたい。

 人間には自分に寄せられた期待に応えようとする性質がある。子供が「いい子だねー」と言われて、「僕いい子だもん、いい子にしなくちゃ」と思ってそう振舞うのがそれだ。「ありがとう」と先制してお礼を言うことでお礼に見合う行動を期待するのがこの張り紙なのだと思う。心優しい人はその期待に応えようと、いつもより少し狙いを正確にしてしまうのだ。

 期待をかけられ、それに応えようと努力することで人間は成長していく。「あなた頼りにしてるわ、がんばって」賢い母さんはお父ちゃんを上手に操縦する。しかし時として期待はストレスになる。過剰な期待、応え切れない期待はプレッシャーだ。先制ありがとう張り紙はソフトなプレッシャー。大したプレッシャーじゃないのだけれど、「周りの期待に応えなくちゃ」という優しい気持ちを逆手に取るようなところにズルさを感じてしまう。まぁ、客商売なのだから「絶対こぼすなよ!!」とは書きたくても書けまい。しかし先制ありがとう張り紙はここ数年で急速に増殖した。あっちのコンビニでもこっちのファミレスでも先制ありがとうの攻撃をされると、ちょっと気になってしまうのだ。最初に始めたのは一体誰なのだろうか。そして、どうしてここまで右にならえ状態になってしまうのだろうか。ところで、同様の意図なのだろう、男子小用のトイレに赤黒の同心円やダーツの的のシールが貼ってある。アレはイイなぁ・・・ついつい狙ってしまう。

 先日入ったトイレは決してきれいとは言えない状態だったのに、張り紙が一人でお礼を言っていた。先制ありがとう張り紙は空振りするとひたすら格好悪い。